2009年10月

初めての授業

 10月12日(月)。朝から緊張している自分がよくわかる。ブロツワフの駅のホームで待っていた人がブロツワフ経済大学での生活全般について世話をしてくれる。その人からのメールで送られてきた学生の名簿に目を通す。ウッジの研修でポーランド語の発音にかなり悩まされたが、学生の名前を見ると再びそれが頭の中に蘇ってきた。日本から持ってきたポーランド語のテキストを見ながら名前の上にカタカナをふる。ポーランド語もそうだが授業の媒介語の英語が通じるのだろうか?・・・など、不安がつのる一方だ。

グループ1.JPG
 私は初心者クラスを3つ担当し、今日はそのうち2クラスの授業を行う。1クラス20名前後。1時間の授業は90分。15分の休憩を挟んで連続する。早めに教室に入り、入ってくる学生の様子を窺う。私も緊張しているが学生も緊張している。午後4時30分。授業開始。


グループ3.JPG
 日本語で簡単な自己紹介。学生たちは不思議そうな顔つきで私を見ている。次に覚えたてのポーランド語で言葉に詰まりながらも簡単な自己紹介をする。3つの文を話すのに2~3分はかかったが、ポーランド語を話し終えると緊張していた学生の表情が笑顔に変わり、最後に、媒介語の英語で再び自己紹介すると張り詰めていた教室の空気も一気に打ち解けたものとなった。それからは学生一人一人の名前を読み上げ、すでに私のポーランド語の実力を知っている彼らは丁寧に読み方を教えてくれた。最初の授業ということもあり、この授業の目標・成績評価の仕方・授業をどのように進めていくかなどについて説明をした。残った時間で、世界地図と日本地図を使いながら日本について話をした。汗だくになりながら90分の授業2クラスが終わり、素直な学生たちとの出会いに満足し、すがすがしい気分で宿舎に戻った。

グループ3のリーダーたち。ブラズェイ君とイェジェイ君は独楽に夢中。
独楽遊び.JPG


ブロツワフの町(1)

 9月21日に宿舎に到着した。宿舎の中は、まだ学生がほとんどおらず、ひっそりと静まり返っていた。ブロツワフ滞在2年目になるもう一人の日本語教師の先生は10月に入ってから宿舎に戻ってくる。自分ひとりで生活必需品を買い揃えなければならない。到着した翌日から、トラムとバスに乗る練習と観光を兼ねて地図を片手に、毎日外に出た。
トラムの中から目当ての品物を売っていそうな店を見つけると、すかさず、次の停留所で降りてその店の中を覗いた。


 ブロツワフで観光と言えば、市庁舎前。町の中心に位置し、おもちゃを思わせるゴシック様式の建物が、観光客の目を引き付ける。土・日には、大勢の観光客がこの広場に集まり、ドイツ・スペイン・ロシアからと思われる様々な国の言葉が聞こえてくる。

聖ヤン大聖堂とオストルフ・ツムスキへ渡る橋 139.JPG
 また、ブロツワフはオドラ川に臨んでおり、100以上もの橋がある。もうひとつの観光のメッカ、聖ヤン大聖堂は、オドラ川の北側に位置し、大聖堂のある場所オストルク・ツムスキへも橋を渡らなければならない。そこには、多くの聖職者の姿を見かけ、教会に関係する品物を売っている専門の店も目にすることができる。私が訪れた時は、学生たちが橋のたもとから写生を行っていた。また、ポーランドではモーニングやウェディングドレスを着た新郎新婦が結婚記念として専門の人からスナップ写真を撮ってもらっている光景をよく見かける。この聖ヤン大聖堂もその場所の1つに入っているらしい。

 大学が始まるまでの束の間の旅行気分。おみやげ売り場に行くと今までの海外旅行のときと同じように、思わずあれもこれも買いそうになる。『待てよ!これから1年、ここで生活するんだ。』そんな思いを頭に浮かべ、どんな物があるかを見て店を出る。
 主だった生活必需品を買いそろえ、宿舎にも学生の声が多く聞こえてくるようになり、大学も新年度のスタートだ。いよいよ日本語教師としてデビューする日が近づいてきた。


出発(旅立ち)

 8月30日に日本を出発し、9月20日までウッジとオポーレで研修を受け、9月21日に、派遣先のブロツワフへ到着した。研修中はホームスティをしながら同じ目標を持った同僚達と難しいポーランド語の研修に苦戦しながらも楽しい時間を過ごしたが、21日、ウッジ・カリスカの駅をホストファミリーと同僚に見送られ一人になると、さすがに不安な気持でいっぱいになった。『外国で生活してみたい』ただ、その思いで大勢の人の助けを借りながらここまでやってきた。
 ウッジから列車で4時間半。ブロツワフの駅にはブロツワフ経済大学の関係者がホームで待っていて声をかけてくれ、無事、宿舎に着くことができた。これからが、新しい生活のスタートだ。!!

ブログ用(1).jpg



Page: 1
TOPPAGE  TOP 
RSS2.0