授業

凧揚げに挑戦

 ブロツワフへ派遣が決まってから、私の故郷で毎年行われている大凧合戦を見て、ブロツワフでも凧揚げをやってみたいと思った。

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 昨年9月にブロツワフへ来てから、いつやろうかと考えているうちに今年度もあとわずかとなってしまった。どうしてもやろうと思い、学生と一緒に大学の近くで凧を揚げられる場所を決め、5月16日(日曜日)に行った。連日の雨でどうなるかと思っていたが当日は曇り空。なんとか出来たものの、前日からのかなりの冷え込みで外へ出るのもしり込みするような悪条件。それでも7人の学生が来てくれた。

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 風が強すぎて、凧を揚げるのに苦労していたが、時間がたつに連れてコツをつかみ始め凧糸の張りの手ごたえを楽しんでいた。

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本当は自分で凧を作るところから学生たちにやらせたかったが、ポーランドでどうやって材料を用意できるかわからず(今も、わかっていません)私の準備不足のため、今回は、日本から持ってきた凧を揚げるだけで終ってしまった。次回は、準備を整え、学生たちに自分で作った凧を大空に舞い上がらせる経験をさせたい。
 


『さくら』シーズン到来! ブロツワフの教室にも『さくら ♪ 』が。。。

 4月になると日本の各地では『さくら』の開花予想があちこちで聞かれるようになる。『さくら』は日本の国花で入学式や年度変わりを連想させ、『新しい始まり』を感じさせてくれる。

 今年に入って授業の中に歌を取り入れたいと思い、1月末に学生から楽器店を教えてもらいギターを買った。昔、ちょっと弾いたもののすっかり忘れており、ドレミファ・・・からもう一度スタート。インターネットを使い「クラシックギター入門」のサイトを開いて指の使い方、音符の読み方から始めた。一通りの基本が終ると練習曲に入る。その一曲目に『さくら』があった。昔から慣れ親しんだ曲であるとともに、つい最近、この曲でとても印象深く心に残ることがあった。

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 前期試験が終り2月に入ってプラハへ旅行した。食事をとるためにある店に入ると、老練なアコーディオンを弾いているおじさんが、食事とおしゃべりに夢中なお客さんたちの雰囲気を熟練したアコーディオンの音色でさらに盛り上げていた。そのおじさんから『どこから来たんだい?』と声をかけられ、『日本です。』と答えると、今まで弾いていた曲から、突然『さくら』の曲に変わった。アコーディオンのメロディーとともに、出だしの『さくら さくら。。。』を、おじさんが口ずさむ。 
 プラハの町でまさか『さくら』の曲を聞くことができるとは思わなかったのでとても驚いた。そしてとても嬉しかった。プラハには世界中から観光客が集まり、日本人も毎年かなり多くの人が訪れるはずだ。きっと、このおじさんは世界各国のそれぞれの国の代表曲を決めて、いつでも弾けるようにしているのだろう。


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 そんな事があり、授業で歌う最初の曲を『さくら』に決めた。2月からスタートしたビギナーズクラスも日本語で簡単な自己紹介ができるようになり、それをビデオに録画した日、残った時間で「さくら♪」の歌を紹介し練習した。ひらがなとローマ字で書かれた歌詞カードを配り、一度読んでギターでメロディーを弾いた。次に歌いながらもう一度弾いた。そして学生たちに歌の内容を説明し一小節ずつ読み方を練習して一緒に歌い始めた。3~4回繰り返すうちに学生たちもメロディーを覚え、歌えるようになってきた。最後に、全員、前へ出て合唱することにした。

 これからも授業の気分転換に、『さくら』だけではなくいろいろな歌をみんなで一緒に歌っていきたい。そして、もし、学生たちがこの歌を覚えて、いつか日本人の前で歌ってくれたらどんなに嬉しい事だろう。 あのプラハで聞いた『さくら♪』のように。。。


後期授業開始

 前期試験の後、約3週間余りの試験休みを終えて、2月22日(月)から、再び後期の授業が始まった。前期はビギナー3クラスを担当したが、前期終了時の受講学生数が減ったことで、後期は前期からの継続クラス2つと、後期から新たにスタートするビギナーズクラスを1つ作りそのクラスを担当することになった。後期からスタートするビギナーズクラスの登録は、2月16日(火)に行われ、先着25名で区切ることになった。1クラスなので多くの学生を受け入れることができず、25名という人数にしたのだが、それでも最後までやり通す学生は何人だろうかなどという疑念が、登録日に同席しながら頭の中をよぎった。
 登録日に並んで待っていた学生から『なぜ登録出来ないのか』という声も上がったが、この日本語クラスをコ―ディネートしている先生の『並んで待っている順番も日本語クラスに対する学生の意欲の表れ』との考えで、学生の声を一掃した。
 

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 2月22日(月)、新しいビギナーズクラスがスタートした。前期と同様、一人ひとり名前を呼び、デジカメで写真を撮る。これも一つのセレモニーとなってきた。当日、新しい名簿のリストに従って名前の確認が終ると3人の学生が『登録してないのですが、日本語クラスを受講していいですか』と言ってきた。多分16日に並んでいたけれど25名の中に入れなかったのだろう。後期の授業で使用する教室は30名まで収容できる。『登録していないけれど来ました。』これも1つの意欲の表れ。『OK』の言葉に、彼らは嬉しそうな表情をして席に着いた。
 結局、ビギナーズクラスは名簿の25名+3名で28名なのだが、残念ながら登録者リストの25名の中で、すでに4回授業が終った時点で一度も出席していない学生が2名いるので、26名のスタートということになった。

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 一方、継続クラス(前期受講している者)の方は、前期試験を28名受けているので全員は無理としても25~6名を期待していたが、2クラスで19名とこじんまりしたクラスのスタートとなった。

 ビギナーズクラスは前期と同様、日本語と日本文化を学ぶ楽しさを重点に授業展開をしているが、継続クラスはどのように授業をすればよいのか。。。 楽しいことは、もちろん大切だが、彼らはもうビギナーではない。あれこれ考えてみたが、現時点の結論は『実力をつけること』に行きついた。ビギナーのクラスでは日本語の基本を学び、折り紙や習字などの日本文化を体験しながら日本への興味を引く楽しさが中心だったが、継続クラスでは『日本語を学ぶ楽しさ』に重点を置き、日本語を使うことによって楽しさを感じてもらいたいと考えている。
 では、何をどうやっていくのか?それが後期の私の課題だと思っている。少なくとも日本語の基礎はしっかり身についていると、彼ら自身が自信を持てるようにしてあげたい。後期の授業展開に、継続クラスの彼らは前期のやり方と違って戸惑うかもしれないが、次のステップとして新しい事にどんどん挑戦していきたい!。


初めての前期試験

 年が明けると学生たちも試験を目前にして情報収集に忙しくなる。前期試験期間は設けられているが、その前の授業週に行う科目もかなりあるようだ。私の日本語クラスの試験も1月13日・14日にオーラルテストを実施した。内容は『自己紹介をみんなの前で行うこと』と『「買い物」または「レストラン」の場面設定で私とロールプレイを行うこと』の2点を課題にし、昨年の12月中に試験日、内容を学生に予告しておいた。

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自己紹介の試験中

 私とのロールプレイは、テキスト『げんきⅠ』のダイアローグを参考にオリジナルのものを作らせた。クリスマス休暇中に原稿を作り、1月の最初の授業に提出させ、私の方で添削をして返し試験をする形をとった。オリジナルといっても、まだ、日本語を勉強し始めて2~3ヶ月の彼らに自由に創作を求めるわけにはいかない。基本のダイアローグの主だった語の入れ替えや、表現を少し変えるぐらいである。しかし、そうすることによって、単なる暗記ではなく自分も参加している意識を持ってくれればと思っている。

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私とロールプレイの試験中

 受講する学生の数がスタート時の半分位になると、残っている学生の意識にもそれなりのものがある。ロールプレイのオリジナルの原稿の中には、インターネットや辞書で調べて、こちらが予想もしない原稿を提出した学生もいた。私は大いにそれを評価したいが、学生たちの前でやる以上、ほとんどの学生が理解できる内容を全員に求めた。したがって、何人かの学生には、申し訳ないけれども、内容の変更をお願いし試験に臨んでもらった。
 12月の予告の中に、試験の様子をビデオカメラで録画することを条件に入れた。私にとっても初めての試験。学生たちがどのように自己紹介をし、また、私とのロールプレイをどのように行うか、それは私が彼らにこの数ヶ月間教えてきた一つの結果であり、私にとっての試験だと思っている。学生たちには、この試験の様子を毎年記録に残しておき、私の指導方法に役立てたいと説明し協力してもらった。
 今回のこのビデオは、私が、日本語教師として、これからもっと経験を積んでいくための出発点になると思っている。気持ちよく協力してくれた学生たちに感謝したい。


New Year's Resolutions ( 新年の計)

 新年、最初の授業は『あけまして おめでとうございます。』で始めようと言って、昨年の最後の授業を締めくくった。それから、クリスマス・ニューイヤーをへて2週間余りが経ち、1月4日(月)から大学の授業がスタートした。月曜日はG1とG2の授業。G1が5名、G2が3名といつも以上に少人数のスタートとなった。もっとも、ブロツワフから遠く離れた地域からこの大学に入学し、寮生活を送っている学生もたくさんいる。そういった学生は、4日から大学へ来るのは難しいらしい。ある女子学生はベラルーシから来ており、一昨日1月6日に、雪の影響のため36時間かかって列車でブロツワフへ戻ってきたと言っていた。
 1月4日、今年、最初の授業を約束通り『あけまして おめでとうございます。』でスタートした。一人ひとり名前を呼び、『休みはどうだった? クリスマスは楽しかった?』などと気軽に英語で話しかけ学生たちの声を聞いた。『楽しかった』という返事を期待していたが、ほとんどの学生が" too short" 『休みが短すぎる』という返事だった。きっと、クリスマス・ニューイヤーとパーティーが続き試験の準備をする時間がとれなかったので、その答えが返ってきたのかもしれない。そんな声掛けの中で、先ほどのベラルーシから帰ってきた学生に『クリスマスは楽しかった?』と声をかけた。すると『私たちはニューイヤーだけ楽しみました。』という彼女の言葉に、はっとさせられた。
 ポーランドにいる人は、みんなカトリックと思い込んでいた自分に、まだ、日本の感覚が抜け切れていない自分の甘さを痛感した。ここは外国なのだ。ベラルーシの80%が東方正教会の信者であり、正教会のクリスマスは12月25日ではなく、1月7日(ユリウス暦の12月25日)であることを後で知った。彼女も正教会の信者だが、4日から大学が始まり、試験も近いのでベラルーシでクリスマスを過ごさず、ブロツワフへ戻って来ることになった。

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 今年 最初の授業ということで学生たちに"New Year's Resolutions" を書いてもらった。ポーランドの学生たちが、どんなことに関心があり何をやりたいと考えているのか知るのによい機会と思い紙を配って書いてもらった。主な内容は下記の通り。

     ○ 就職先を見つけること
     ○ 授業の単位をとること
     ○ 修士論文を書くこと
     ○ 修士論文の審査に合格すること
     ○ 英語・ドイツ語をさらに磨くこと
     ○ 日本語の勉強を続けること
     ○ カタカナを全部、漢字を少なくとも20個覚えること
     ○ 新車を買うこと
     ○ 減量すること
     ○ 運動すること
     ○ チョコレートを食べすぎないこと
     ○ 今まで行ったことのない国や都市に行くこと
     ○ ボーイフレンドを見つけること
     ○ ボーイフレンドと一緒に住む場所を見つけること
                                          など
  
 彼らの書いたものを読みながら、ポーランドの学生の状況がよく分かる内容だと思った。

 私の"New Year's Resolutions" 『ポーランド語の上達』と『たくさんのポーランドの人達と友達になること』を学生の前でホワイトボードに書いた。今年一年、どれだけそれが達成できるかわからないが充実した年にしていきたい。それでは、これからバザールの肉屋さんTADEUSZ(タデウシ)さんのところへ行き、新年のあいさつ Szczęśliwego Nowego Roku ! (シュチェンシリヴェゴ ノヴェゴ ロク )『あけまして おめでとう!』を言ってこよう!!


一通のメール

 年内の授業が12月17日(木)で終った。10月12日(月)にスタートして2ヶ月。各クラス20名前後でスタートしたものの、予想通り出席する学生の数が半減し、今では10名前後となってしまった。初めから分かっていたとはいえ、やはり、残念でならない。しかし、日本語の上達を、日本の様子をもっと知りたいと、夕方、遅い時間にもかかわらずやってくる学生たちがいる。私に出来ることは、その学生たちのために、出来る限りのことを精一杯やることで、それが自分の役割なのだと自分に言い聞かせるようにしている。

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ひらがな五十音カード並べ

 授業に来なくなった理由にもいろいろある。その中の一つにグループ1の最初の授業でクラスリーダーに立候補したミハウのケースがある。私は最初の時間に顔と名前を覚えるため、学生一人一人の写真を撮ったが、その時、彼だけが携帯のカメラで、逆に私を写した。そんなちゃめっけのある彼が毎時間、熱心に出席していたにもかかわらず、11月9日を最後に欠席が続いた。どうしたのだろうと思っていると11月末に彼からメールが届いた。金融関係の仕事が決まり、午後3時から午後10時まで勤めなくてはならないので、もう授業に出られないとの内容だった。
 ポーランドの一般大学は5年制になっており、たいていは3年生終了時に学士論文を提出し、さらに2年の大学生活で修士論文を書き、論文審査を終えれば修士の資格を得て大学生活が終了となる。修士号を獲得した人は「高等教育終了」となり、大学課程を終えても修士号を獲得できなかった人は「中等教育終了」になってしまう(2009年6月版、在ポーランド日本大使館による『ポーランド事情』より)。 ミハウは3年生だ。彼は3年終了と同時に大学を辞めてしまうのだろうか?彼のメールの中に『現在、自分にとって仕事が最優先です。』という一文があった。ポーランドの2008年度の失業率が9.5%(『ポーランド事情』より、※日本の2008年度の失業率4.0%(総務省「労働力調査」より))。それを考えればミハウの選択は当然かもしれない。ただ、彼が大学を続けるかどうか直接聞いたわけではないので、私の勝手な憶測にしかすぎない。むしろ、この日本語の授業だけ時間帯が合わなくて受けられなくなってしまったのであってほしい。
彼のメールの終わりに『まだ、日本語や日本文化の魅力にひかれており、いつか日本へ行ってみたい。』とあった。確かに彼は『日本へ行くのに費用はいくらかかりますか。』 私が書道の筆を持っていると『それはどこで買ったのですか。いくらですか。』などと、よく私に質問していた。そのような真面目な学生には、是非、日本語の勉強を続けてもらいたいと思うが、これも現実として受け止めるしかないのだろう。ちなみに、ポーランドの大学生の就職活動は、学生個人に任されており、日本と違って、アルバイトをしたり、知人の紹介などを通じて自分で仕事を探しだし決めていく。日本のように大学の就職課が会社の求人を集め、学生に斡旋するようなことはポーランドの大学ではない。ある学生にこの話をしたら、日本の大学生が羨ましいと言っていた。

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                    クイズ形式 文型練習

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 それぞれのグループの年内最後の授業で日本のクリスマスとお正月について話をした。日本から送ってもらった新聞のチラシや本物の鏡餅を見せながら説明すると興味深く聞いてくれた。新聞のチラシでは、授業の中で『買い物』の場面があり、日本のお金について勉強したので、電卓を使ってポーランドの物価と比較している学生もいた。その日の授業の最後に、"Happy New Year" を日本語で『あけまして おめでとうございます』と教え、来年の最初の授業の挨拶は『あけまして おめでとうございます』で始めようと言って、2009年の授業を終えた。

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     日本語で自己紹介の練習


折り紙は親善大使

 授業にも慣れ、学生の顔と名前がだいたい一致するようになってきた。しかし、聞きなれない長い名前となると何度覚えても完璧に覚えきれないでいる。
 ブロツワフに2年目になるもう一人の日本人の先生から、昨年、初めての授業のとき、デジカメを持っていき学生の顔写真を撮った話を聞き、私も早速、1回目の授業にカメラを持ち込み、学生の名前を呼んだ後、前に出てきてもらい一人ひとりの顔写真を撮った。それをパソコンに入れ名簿を見ながら顔と名前を覚えていくようにした。
 授業では2週目から週末の宿題プリントを出し、翌週の最初の授業でそれを返すようにした。宿舎で宿題のチェックが終わると名簿の順番にプリントを揃えていたが、次第に、顔と名前にある程度自信が持てるようになると授業が始まる30分前に教室に入り、入ってくる学生に名前で呼びかけ、それぞれの宿題を返せるようになった。

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 学生たちも日本語の授業やクラスの雰囲気に慣れ、座席の位置も徐々に固定化されるようになった。しかし、中には日本語の授業に登録しながら1回出席して、それ以降、来なくなった学生もいる。
 ブロツワフ経済大学では、必須外国語として英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・イタリア語・スペイン語の中から学生たちは2つ選ばなくてはならない。私の教えている日本語は、第3外国語になり、選択科目として位置づけられている。したがって、日本語の授業はどんなものか興味本位で覗いてみて面白そうなら出席し、そうでなければ辞めてもいいと考える学生がいてもおかしくない。1回目の授業で用紙を配り、後日、提出してもらったアンケートの内容に『日本語を勉強する動機は何ですか』という質問事項がある。日本語や日本文化に興味があるからと答えている学生がほとんどなのだが、学生と直接話をしてみると、アニメ・マンガが大きなキッカケとなっていることがわかる。その他、将来の就職のため・暇な時間を埋めるためなどさまざまあったが、動機が何であれ、偶然が重なって知り合った学生たちに、この授業が日本そして日本人を理解するひとつのステップになればと考えている。ただ、例年、授業が進むにつれて、受講生の数が減っていくという話を聞いている。選択科目の宿命かもしれないが、一人でも多くの学生に最後までやり通してもらいたい。

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 1回目の授業から1ヶ月余りがすぎ、授業の内容も50音図表を使ってのローマ字・ひらがな・カタカナが終り、『げんき』の教科書で、「あいさつ」から場面設定の表現へと進んでいる。1時間の授業は90分。その時間をすべて集中というわけにはいかない。どこかでメリハリをつけなければ学生も教師もただ疲れるだけである。そんなときに折り紙はとても役に立つ。先日、自分で作った作品(折り鶴)を最初に学生に見せ、折り紙タイムに入った。初めに、学生たちに好きな色の紙を選ばせ、折り方を順に教えていく。授業のときには目立たない学生も、この時ばかりは夢中になって取り組んでいる。机間巡視をしながら、紙が正しく折られているかチェックする。ここでは日本語とは違った能力、その人の器用さが問われてくる。なかなかうまくできない学生には、決して焦らせず、正しい折方をその学生の紙を使ってひとつひとつ教えていく。いくつかの手順が進んでいくと、こんどは学生の方からよくわからないと言ってくるようになる。そして最後の手順が終り一つの作品が完成すると学生たちも満足そうな様子で、お互いの作品を見せ合い、教室の中がにぎやかになる。中には自分で少し改良した作品を自慢げに見せている学生もいる。折り紙を通して一人ひとりと接することが、先生と学生との関係に大きな影響を与えてくれることは、その後の授業でわかった。

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 それまでおとなしく、授業中もこちらからの問いかけに少しこわばった表情をしていた学生が折り紙をやってから、授業への取り組みが少し変わり、日本語の勉強でも質問するようになってきた。これも折り紙のおかげだと思っている。
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 また、私の住んでいる宿舎では、毎週木曜日、掃除をするために私の部屋におばさん(イレー
ナさん)が来てくれる。彼女はこの宿舎の清掃管理を主に任され、いつも明るく、元気で私の片言のポーランド語に付き合ってくれる。ある木曜日、前日作った折り鶴があり、掃除の後、それを彼女に鶴というポーランド語がわからないので、鳥を意味するPtak(プタク)と言ってプレゼントした。
イレーナさんは、プタク、プタクと言って喜んで受け取ってくれた。
 折り紙はきっと世界中どこでも通用する親善大使だと思った。



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